☆☆宮城県東松島市被災地支援FC11号店レポート

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フランチャイズオーナー募集 営業レポート
スタッフコラム

2012/02/6 移動販売の偉人   

この日、静岡県沼津店に訪問した際に、移動販売の偉人にお会いして、とても勉強になるお話を聞くことが出来ました。 内容は、こうです。昔は、"誰でも"屋台を出せば売れたけれども、今はそういうことではない。当時、偉人はリヤカーで屋台を作ってもらい当時の価格で2万円。(今の価格にすると、大よそ100万円)その方はラーメン(当時一杯70円)の屋台を営んでおり、1日あたり100杯売れたそうです。 また、逆説的に言うと、100杯までしかこの大きさの店では売ることが出来ないと言います。 そして、今は、売れる売れないは、その人と場所だと言います。人はまじめでないとお客はあてにしてくれないと。 今は、自動車を改造して、大きさや装備により1000万円以上〜300万円程度の価格の移動販売車があるが、いずれにしても売れる数量は変わらない。と言います。 (金額を2倍かけたからと言っても2倍は売れない)移動販売は簡単に営業できそうですが、いくらお金を掛けても、営業する人が"まじめ"でなければ、その簡単さがわからないばかりか、簡単が故に手抜きをしてたちまち頓挫します。言い換えれば、偉人が仰る様に、お客はあてにしなくなると言うことなんです。 偉人はこう言い切ります。俺が良かったんではない。場所が良かったんだと。 でも、私は、こう思います。今も昔も繁盛するには、お客にとって良い人と良い場所だと。偉人曰く、屋台から億万長者になった人も居るとか・・・。 この日は、沼津店の支援で、場所の開拓へ行っていた最中のことでした。

2012/01/2 「eco屋台」(ハード)「給食のおばさん」(ソフト)の競争力

2012年1月1日昼3時、本部〜宮城県仙台市に向かう。その夜は蔵王PAで車中泊。1月2日朝7時に出発し現地に到着。宮城塩釜店の初売りセールのレポートにおじゃました。この日は、昼近くから断続的に終日行列ができ、予定数を上回ったが、人気店を装って「完売しました!」などとは言わず、不足分を取りに帰りチェーン過去最高の本数と売り上げを記録した。しかも、作り置きはせずに基本に忠実に対応したことは、まさに公式記録である。
1月3日初売りセール2日目。オーナーさんの報告によると、隣に、おそらく個人営業のクレープ大型車が営業を始めた。この日の売り上げは若干下回ったが、クレープ車の影響は殆ど無かった。なぜなら、eco屋台からクレープ車にお客さんが移ることは無く、反対にクレープ車からeco屋台に移ってくるお客さんはいたのだ。売り上げが下回った原因は、出店場所そのものの客数が下回ったことに比例したもので、クレープ車が来てくれたおかげで、プラスαになった可能性は否定できない。1月4日 セール3日目。この日もお隣にクレープ車。「よくある質問」のページにも記載してあるが、そのとおりの展開になった。報告によると、例えば家族3人がクレープを買いに来た場合、やはり、買うのは1ヶ。給食のおばさんブランドのあげぱんは殆ど人数分か、お土産でそれ以上買う。作るスピードもクレープは、あげぱんの10倍ほど掛かっていたらしい。これでは、悪い意味で並んでしまう。そうなると、客層が絞られ、主に暇をもてあました少女が主な対象となる。個人での営業を見ていると良くありがちなことは、そのときだけ売れればよいという姿勢。車両や商品のパッケージ・レシートなどにロゴや連絡先の記載が無い。このことは次回の宣伝になりにくい。クレープの大型車両の価格はおよそ600万〜。加盟料を入れてもeco屋台は約半額。商品価格は給食のおばさんの約3倍・提供時間は約10倍。 また、余談になるが、手巻き寿司のようなクレープを売る、外国の大型中古車両を改造したクレープ車は1000万円を超えるそうだ。話は戻り、この日クレープ車は昼で営業を終了したらしい。この数日、「eco屋台」「給食のおばさん」の競争力を実感したのは、数ある移動販売の中から「eco屋台」「給食のおばさん」を選択した、他でもないオーナーさんご自身であろう。

2011/08/12 
日航機墜落事故、阪神淡路大震災、そして、東北関東大震災への想い・・・。

今から、ちょうど26年前の今日、8月12日、私がまだ21歳のお盆休み。自宅でのんびりとしていた日のことでした。 部隊から連絡が・・・非常呼集。悲しい一報が入り、急いで戦闘服に着替え駐屯地へ向いました。あの大惨事、日航機墜落事故だったのです。 私が所属していた部隊は、陸上自衛隊の中のヘリコプター隊。とはいえパイロットではありません。ヘリコプター隊は陸上自衛隊の中でも、私以外は、とても優秀な方ばかりで、私の職務は、通信手。当時、墜落現場の御巣鷹山のヘリとご遺体を安置する群馬県の駐屯地で無線連絡の任務にあたっていました。 22歳のとき任期満了を迎え、4年にわたる自衛隊生活も終了。自衛隊在隊中に夜間の美容学校へ通い、退職後は美容師を目指しましたが、手荒れがひどく敢え無くも断念。既に子がいたこともあり、遊んでいる余裕も無く、美容の材料を販売するセールスマンに転進し、数多くの美容室経営者と話をする機会を得ることが出来ました。その後、今まで出会ってきた美容室の経営者を裏切るようなことはしたくなかった理由から、独立して美容室ではなく、飲食店を経営することになったのです。そこで、当時はまだ珍しかった「もんじゃ」の店をオープンしました。資金は父に担保を出してもらい調達しました。8年で完済。担保を返すことが出来ました。その8年間で休んだのはたったの1週間。その1週間は、阪神淡路大震災の被災者に救援物資を届けたくて店を休みました。従業員と私、2人交代で軽自動車を走らせ、ようやく長田区役所へ、しかし、既に役所は機能を果たしておらず、現地を彷徨う状態で不安との戦いでした。そんなときラジオからの情報で「本山第三小学校」へ向い救援物資を届けることができたのですが、現地のボランティアには愕然。まだ若い大学生くらいのボランティア達が私達に、被災者のために送られてきた、まだ賞味期限が充分にあるシュークリームを勧めるのです。当然、断りましたが、その不謹慎さには少々腹立たしくも思いました。また、圧倒されたのは大企業です。人材と物資両面で被災者を支援している姿には、個人事業者としての自分はあまりにも微力で、無念さを思い知らされながら被災地を後にしたのです。あれから年月が過ぎ、店も移動販売、カフェテリアへと転進しました。そして、2011.3.11東北関東大震災。東京も被災し、取り分け、移動販売に関しては、大手コンビニも移動販売のメリットに気がつき、被災地での活躍がめだちます。また、当社の移動販売は阪神淡路大震災での無念を晴らすべく、関西では滋賀県長浜店のオーナー様、東北では盛岡店オーナー様のご活躍や、既に被災地、宮城県塩釜市在住の有志者様も参画予定で、当FCは、小規模且つ個人事業者の集合体でありながら大企業並みの社会貢献も夢ではない、大きな可能性を充分に秘めているのです。

専務取締役 澁谷 彰

澁谷 彰

                   

2011/05/14 ベーカリーショップと比べて

通常ベーカリーショップをオープンすると10坪程度(内外装・設備など)で 1600万円程度の出店費用が掛かります。運転資金なども含めますと2000万円は必要です。また、競合店が無い立地でも繁盛していれば 必ず競合店が出店してきて、たちまち頓挫します。その点、「給食のおばさんeco屋台」なら、出店費用も低資金なうえ、資金が不足していれば、その費用も相談に乗ってくれます。開業後は移動販売の利点を生かして、将来ベーカリーショップなど店舗を出店する為の立地調査を兼ねた営業も可能です。また、費用の安さだけではなく、 FCチェーンとしての様々なメリットはオープンしてから実感でがき、小資本から大きくステップアップが可能です。本部、加盟店ともに小から大への成長を目標に頑張っています。

2011/05/06 安定した仕事?って

NHKの鶴瓶さんがMCをしている番組を見ていたら、30代くらいのおしゃれで若いご夫婦のカフェが紹介されていました。(確か、北陸だったと思います) この店を開く前は、移動販売でスープを売っていたとか。 しばらくすると、ご実家の紹介もはじまり、その話の中で先ほどのご夫婦の仕事について、お母様が、 「不安定だからカフェをやめてほしいと・・・。」 その話を聞き、安定した仕事って何?って思いました。(おそらく収入面のことだと思いますが) 安定、不安定は仕事に限らず、例えば・・・雨・風・気温・湿度などの天候は日々変化があり、安定はしません。不安定なんです。これが自然な状態です。不安定だから、安定した環境をつくろうとして、傘を差したり、レンガ造りの壁を作って風を防いだり、扇風機やエアコンを使って、安定した環境をつくりだそうと努力した結果それらのモノができ、普及したんだと思います。 病気だってそうです。35〜6℃が平熱だとすれば、38〜9℃になれば、熱を下げようとし、体調を崩せば、治そうと努力するでしょう。長期で見れば、不安定は自然で、反対に、安定は不自然なのです。 大企業でも中小企業でも、公務員でも会社員でも商人でも、賃金が発生すれば皆同じことで、 収入が不安定なら安定させようと努力をするし、安定していればあまり努力はしないし、その必要もないんです。だから、あのご夫婦は、苦心しながら安定させようと努力していることがわかります。 そういう人を見ていると、心から応援したくなります。

2011/05/03 ハードか?ソフトか?

先日、久々の休みに家族で(八王子〜湘南〜箱根〜八王子)ツーリングに出かけた。
帰路、移動販売車の展示場の脇で渋滞に出くわし、ふと思った。
展示場には業種も豊富で、30台以上の、 1台300万円〜600万円程度はするであろう、
とても良く出来ている移動販売車が、ズラリ。
でも、この会社は実際に移動販売の営業はしていないらしい。所謂、自動車屋さんだ。
だから、きっとこんな事を言うだろう。
「お客の要望を聞いて作っているから大丈夫だと。」
けれども、移動販売を始める人はほとんどの人が未経験で初めてだ。
移動販売は特殊な商売でありノウハウ=経験則が重要だ。
移動販売の命は喜ばれる商品で、実際の販売を経験し続けることだ。
しかし、99%の人は車輌の外観や、まるで軍艦のような調理設備が命であると誤解をしている。
車を手に入れた≠成功(イコールではない)
繰り返しになるが、喜ばれる商品の販売を経験し、また、自らを改善し続けることが不可欠だ。

2011/04/17 日本人が褒められる理由

東北関東大震災で海外のメディアが日本人の行動に驚いた。
略奪も無く、電車やタクシー待ちの長い列、救援物資を受け取る際も順番を待つこと。
海外では考えられない光景らしい。
この文化はどこから始まったことなのか、どこで躾られたことなのか考えてみた。
私に思い当たることはたった一つ。
殆どの誰もが小学校のとき毎日、給食の時間で自然に躾られたに違いない。

2011/03/22 給食のおばさん「あげぱん」は震災に弱い?・・・。

スーパー・コンビニでは多品種、多品目の菓子パンが、仕入れた直後、即座に売り切れ状態。
パンメーカーさんは工場が被災し、尚且つ、震災の救援物資を政府から依頼されたため
品種、品目を絞らざるおえない状況に直面した結果、店頭に並ぶパンの種類が減り、売り切れの時間が増えました。
給食のおばさん「あげぱん」は単品のコッペパンを揚げ、独自で開発した
サラサラの砂糖などパウダーを振り掛けることから、
単品でありながら種類が豊富で、現在も被災地を除き、お客様に安定供給を行っています。

2011/02/08 実は「あげぱん」は流通に向いていない。

その理由は、砂糖をまぶし、1時間もすると揚げた温度で砂糖が溶けてしまったり、日持ちをさせようとすればパサついてしまう。
屋台で売られているほとんどの食べ物は、高度な冷凍技術ででスーパーコンビニに美味しい商品として流通されている。(いわゆる粉モノ。クレープ、お好み焼、メロンパンなど)
給食のおばさんの「あげぱん」24時間さめても美味しい!だからスーパー等の敷地で移動販売に向いている。

2011/02/08 原宿のクレープ屋さんはなぜ並ぶ?メロンパン屋はなぜうれなくなった?

東京原宿、大阪道頓堀などの影響でクレープ、たこ焼きは客が行列しているイメージがある。しかし、地元の人は意外と並ばない。
行列が続く場所の共通点は、商圏が広すぎる(全国)。修学旅行など。客層が狭い。商品が出来上がるまでが遅い。などがあげられる。
給食のおばさん移動販売が目指すところは、まったく逆。商圏は狭く、客層は広く、商品の出来上がりが早い。価格がお手頃。毎日食べても飽きない。